ぐーがん・アスペッこ

振り返って 滞在先との別れの時
時は、年明け。
家の近所のセールに向かった帰りは、目、手足、とにかくワタシの体の所々に疲れの兆候が現れました。ついでにゲームセンターでも車を運転するゲーム機に2回トライしました。2回とも、右折のところで方向間違いとなり、ゲームオーバーになりました。実際の運転とは目的が違いますが。
次の日の昼には、もう教習所に向かうバスに合宿の他の教習生と一緒に乗り、ふたたび泊まり始めました。宿泊室に沿う廊下から明かりが灯る以外は、ひっそりしていました。
その次の日は、ワタシは残っていた課題を片付け、卒業検定を受けました。卒業検定は、課題走行と自主経路設定走行、そしてワタシが受けたときは教習所内コースでの方向変換の3つで採点が行われました。規則に違反したときと、減点が多くなり合格基準点を下回ったとき、途中でも中断され、不合格扱いになります。普段の教習のような運転上の先生のフォローはほとんど無くなります。
当日、道筋が示された地図を渡されました。修了検定の時と同様に、本番までの数分間眺めることができます。
この日は休みの人もいて、車は少なめでした。ワタシは、橋を渡って目的地に着くルートをあてがわれました。右折して橋を渡るところで直進し、検定員の先生から道の間違いを指摘され、転回したとき、ある会社のプライベートな駐車場に車が入ったところでこの日の検定は中断、不合格が決まりました。先生が、「○○橋」と2度言ったことを、直進ルートをとったために気づかなかったといいます。検定を受けたことで、教習の時に知らなかったことや、よく間違えたところが明るみに出てきました。
不合格の場合、午後に補習が1時間ありました。間違ったところに近いことを重点に練習しました。
隣の右折車線へ移ってからの右折はできたのですが、隣の車線に進路変更した地点が橋の直前の交差点にまだだいぶ近いという指摘を受けました。検定では、できたらあの建物の上の看板手前の横断歩道前で確認して車線変更すればよかった、と。
翌日、再受験のとき、補習で取り組んだようなことを行うルートは出ませんでした。あの建物の上の看板手前の横断歩道を左折して横切るというルートでした。
他の受験生の運転の後、車に乗り込みました。国道の途中で検定開始でした。信号前と曲がり角で左右確認を欠かさずするようにしました。そして停車して、自主経路設定走行に入りました。地図をもとに自分で決めた、ゴール地点までの道筋を先生に伝え、運転しました。それも、ゴールまで至り、教習所に戻って方向変換を一発で行いました。OKが言い渡されたとき、可能性が見えてくる気がしました。自主経路設定での車1台が止まって人が出てくるかもしれなかったので、気配りがあればもっとよかった、などと先生から言われ、ワタシは車から降りました。1時間ほど結果待ちでメールを打っていました。
この日卒業対象はワタシを含め9人おりましたが、9人とも合格し、教習所を卒業することとなりました。食堂で昼食をとったあと、卒業式に出ました。高校以来のことだけど、ワタシにとっては当時以上に涙モノでした。
合宿生はお世話になった先生に見送られ、バスで帰ったあと、それぞれの帰路をたどりました。