田舎の風習
7日の記事の続編になります。
3日は、正月期間のため、仮通夜でした。親族などの女性は洗い場で、死後最初にお供えする食べ物や、祖母の家に訪れる近所の男性にふるまう、お茶の用意をしました。
朝から、血縁関係でもないおばさんが台所に立っていました。ここは1つ、空気を読んだところ、祖母の看病の応援をしていたおばさんでした。このおばさん、祖母の夫である祖父の姉の息子のお嫁さんらしいが、父の姉である伯母さんとは口、行動ともにいい勝負です。この後も何かと必要な場面が多く、5日の葬式後の夕方まで一緒の行動をしました。
仮通夜には、7人が寝泊りするので、家中のふとんの置いてある場所をくまなく調べ、長年保管していた未使用の布団まで出されました。お湯を入れるポットも、最高で20人近くの訪問者が来るため、年季の入ったものまで総動員でした。祖母が1人暮らしで、従姉妹なども成長すると祖母のもとまでなかなか足を運ばなくなったために、一度に大人数の分を用意するのは労力を使い果たすような作業でした。
通夜と告別式は葬儀会社の式場で行われるため、黒服に着替えて式場まで専用のバスで移動し、宿泊して告別式の後いったん火葬場と墓に行き、再び式場といった手順で進行しました。食事は式場側が用意してくれるということで、肩の荷が下りたが、外に出るとスーツと下ストッキングでは寒く、普段着だがジャケットを着てしのぐ次第でした。式のたびやってくる、焼香も初めはどういう手順でするかがわかりませんでした。
祖母の死体は、告別式の式場に置かれた後、火葬場で焼かれたが、よく焼けた部分は骨が細かく砕け、原型をとどめていないくらいでした。取り出した骨を、大小の骨壷に入れてお墓まで持っていきました。
小さい骨壷は家の専用の台に置きました。田舎の家にいる間は、なにか一種類の線香を絶やさず炎を照らし、自宅などにおり留守にする間は用意されたランプのスイッチをONにし、絶えず明かりをつけるようです。
今日の夕方、2月17日の四十九日までの決まりで、田舎に行きます。明日は平日ですが、墓参りで普段の仕事時間を削っての活動です。このように、親族が亡くなると、普段の仕事の日と重なっていても参加しなければならないとされる活動に縛られるため、普段の仕事との両立が大変です。忙しい時期が過ぎ、先週は9時起き、10時起きが続き、一時期良好な状態だった髪の毛が大量に抜けてしまいました。ワタシの生理痛とは、足や肩の関節がボキボキ鳴ることです。背筋も曲がっていました。ワタシは時期的に行動に波があると体が危ないです。