ぐーがん・アスペッこ

宣言のメリット(続・何のオタク?)
さて、幼なじみでさえ次々とわが道を進むようになる、思春期を中心に、いかに友情を形づくっていくかを、分析していこうと思う。

学校に行っている人の場合、受験などで異なる学校へ進学するといった、変化が生じる。

価値観の合う人同士で少人数のグループを作るのも、一般に、この変化の直後である。この「作業」がうまくいくと、学校卒業後も時々連絡をとったり、交流をしたりといったことが数十年、ないし一生涯続くようになる。

個人間の格差をまともに意識するようになるのも、この変化のある時期であると思う。

AS的人生の大イベントをおだやかに切り抜けるには?
http://www2.ocn.ne.jp/~gugan/zinseinoibento.htm

にも書いたように、過去の関係を断ち切る必要性を迫られる時である。

ところで、ワタシは物心ついたときから保育園児だった頃、そして10歳ごろまでブロック遊びに興じていた。
数種類のブランドのブロック、さらにブロック対応でない小さな人形などを置いて、部屋中を街に見立てて遊んだことが、何度かある。
小学校高学年にになると、ブロック遊びから離れ、テレビのバラエティ番組に釘付けとなる。
しかし、同級生との付き合いを続けるため、話ベタにもかかわらず、次から次へと新しい話題をだしていかなければならないことに気づき、ミーハーにはなりたくなかったため、中学生の時、あえなく手をひいた。

高校生の時には、これだ、という趣味は、充分に宣言できなかった。自己表現が下手で、幼なじみとの絶交があり、過去の記憶を消そうとして、それが災いしてなのか、学校の外にも連絡を取る友人は少なかった。
小さいこどもの頃からの遊びにはまっている、とは、恥ずかしくて言えなかった。

学校の中では昼休みは、保健室で食事をとっていた。
その一角の相談室で、椅子に座って食べていた。
保健室の先生に、話し相手がいないことをもらした。
すると、過去に学校内で友達ができなくて相談に来た女子生徒のことをワタシに聞かせた。
彼女はアニメを見るのが趣味である。所属したクラスでは、同じ趣味の人が見当たらなかった。
そこで、ほかのクラスに、何らかの方法で、彼女と同じ趣味をもつ生徒を募った。
すると、1人見つかり、この生徒と交流を始め、仲良く発展し、卒業後は同じ進路先に進んだようである。

このように、しっかり自己主張ができると、気の合う人と話し相手になり、交流を続けることは、そんなに難しくない。

逆に、宣言していないと、目くらましするしか方法がなくなる。

それは、アスペルガー症候群であることを宣言した場合、していない場合にも当てはまるであろう。