ぐーがん・アスペッこ

人権意識
きのう、今参加しているボランティア活動のメンバーの1人が習っているチャンゴという韓国の打楽器の演奏会に行ってきた。
一緒に演奏している人々には、在日韓国人が多い。
今では何代も前の人のことになったが、その人々が日本にやってきた理由というのは、ある資料によると、当時、今の韓国にあたる場所では庶民は貧困に苦しんでいたため、働きに行くために日本に渡ったというのがその1つである。
祖国の地では、植民地として日本の保護を受け(その間各種インフラが整備される。)、やがて独立し、
日本に渡った人々は懸命に働き、
身を立てて金銭的余裕ができた人が増え、一時は存亡の危機にさらされていた自らの民族の伝統文化の芸を磨き、紹介することができるようになったという解釈である。
学校の教科書には載っていなかった内容である。
韓国人庶民は、植民地時代においては貧困に苦しんだ立場であったが、
現在、日本に渡って数代を経、日本で生まれ育った韓国・朝鮮籍の人々には、日本人でないことで差別が起こっている。
彼らは、祖の地であり、独立した、韓国や北朝鮮に住む人々と同胞の意識が強く、
自らの伝統文化を守り、次の世代に伝える活動に積極的に加わることで自分の誇りの1つとしている人々がいる。
その人々と共に演奏する姿を一般の演奏会で見るのは、数年に1度のみで、教室を運営する団体が力を入れているのは、打楽器の演奏や踊りのほか、衣装もその演奏会のために新しく作ってもらったものを師匠と門下生に着せるのだ。
演奏していたメンバーは、演奏会に関しては、やるべきことは、やった、という様子で会場をあとにしていた。

ひるがえって、一般に裕福でなく、社会的弱者である他の立場にある人のことを思う。
それは、留学生や研修生として外国に住む人である。
ワタシのイトコの妹は、フランス菓子修行に励んでいて、日々の様子をフランスからブログで公開している。
ブログは日本文であるが、普段口に出す言葉は外国語であるフランス語なので、「相手と会話する度に、じっと耳を傾けてしゃべる。だから夜はいつも疲れる」という内容の文があった。
実はこのこと、難聴になった人にも当てはまるようで、
『ききみみずきんの鞄』http://kimipoem.exblog.jp/i2 では、
要約筆記講座でのお話「難聴者について」 2004年秋 の中で、
補聴器の話題が出ていたのであるが、難聴の人が補聴器をつけた状態も、意外だと思うかもしれないが、まるで前にあげた留学生や研修生みたいであると、ワタシは感じた。
また、軽い程度の難聴で、
「軽度であっても、普段の生活に困っています。
それでも、なかなか補聴器を早めにはつけません。
障害者として見られたくない・扱われたくない、という気持ちもあるからです。

そういう気持ちの半分は、障害者というものに対する社会の偏見からくるものです。
行き過ぎた偏見・至らない偏見があります。

これらは、もう半分の誤解・無理解からくるものです。」
という現状があることを知った。

最後に、ワタシの付きまとっている性質である、広汎性発達障碍においても、知的障碍がない人の受けられる福祉サポートは、
精神障害認定を受けることが条件のものが少なくないが、
精神障害は、一般社会では、まだ大きな偏見が存在するものである。
そのため、ワタシは障碍認定はしないまま、妥協して、自立支援医療のサービスを特定の機関で受けられる申請を行い、先月下旬に許された。3月まで実施されていた公費負担から変わったもので、受診が1割負担で済むものである。

ワタシとしては、軽いと見られている障碍をもった人のために、もう少し自立を本当に助けるための具体的な整備をやってほしいものである。
〔4月17日追加〕その整備をやってこそ、自立への道は開き、自分が堂々と障碍があることを受け入れ、伝えることが可能になるのである。

長々と書いてしまった。